リアルな魔法
2022年 10月 25日
10月21日
由布の森で進んでいるコヤキチの建築工事は、外壁が仕上がったばかりだった。
僕は、柔らかな腐葉土を踏みしめながら、森の中に入った。
建物の周囲をグルグルと歩き回り、
いちばん好きなアングルを見つけて、その場所に座り込んだ。
そして、しばしの間、うっとりとした気分で外観を見つめていた。
何度もCGで見ているはずのプロポーションなのだけれど、生で見ると、段違いに美しい。
そして、この上なくシンプルだ。
木材(この場合はスギ)本来が持っている色を引き出してくれる塗料を塗った外壁は
鎧張になっていて、木と木が直角に交わった一つのラインの上に、次の層が重なり、
それが等間隔で繰り返され、軒まで鋸の歯のようにギザギザになって連なっていく。
外壁に打ち込まれた真鍮の釘も、ガルバリウムを貼った小庇も、愛おしいほど素敵だ。
下屋に落ちた枯葉や建物に映り込む木洩れ陽も、
なんだか魔法にかかったみたいに僕をワクワクさせる。
そう、これは、木と手仕事と自然の陽光と森に満ちた大気が一つに溶け合い、
僕の目の前に奇跡のような光景を立ち現れさせたリアルな魔法なのだ。
やがてお昼になったので、僕ら(僕と僕の妻である典子さん)はコーヒーを淹れることにした。
現場に来たときには、いつもその場で珈琲豆を挽いて淹れ、
大工さんたちに振る舞うように心がけているのだ。
カセットコンロで沸かしたお湯を冷ましつつ、
典子さんは、グラインダーに珈琲豆を入れて蓋を閉じる。
そして、左手と右手を空中で交差するようにその取っ手を右回しすること数秒。
・・・ほんのりと珈琲豆のいい香りが漂ってくる。
それから、紙フィルターに挽いた豆を入れ、
鶴口ポットから90度ほどになったお湯を滴らせる。
抽出時間は2分30秒。
抽出されサーバーに落ちていくのは、エチオピアの浅煎りコーヒーだ。
典子さんは手元を確かめながら、ゆっくりとお湯の雫を滴らせる。
紙フィルターの上で豆は膨らみ、泡を立て、やがて淀みのない銀河のような
褐色の渦が描かれたその真ん中に、最後の一湯を注ぐ。
珈琲豆へのこだわりや、その淹れ方へのこだわりからも、リアルな魔法はきっと生まれる。
専門のバリスタが淹れたコーヒーであれば、魔法の効き具合もぐんとアップするに違いないが、
素人でも、真剣に、誠実にお湯を注いで淹れれば、その味わいからは至福の時間が生まれる。
大袈裟に言えば、心が通じる、というやつだ。
こうして淹れたコーヒーを、大工さんや、筑羽工務店の秦社長と一緒に飲んだ。
コーヒーをいただきながら、森の中で、みんな自然に笑顔になって語らった。
素晴らしい建物が出来上がりつつあることを、丁寧な仕上がりのひとつ一つを取り上げながら
感謝の気持ちと一緒に伝えると、大工さんたちは照れながら笑っていた。
これは、その気になれば誰もが使うことのできる、ちっちゃな魔法の話だ。
新しかったり、想像を超えていたり、今までにない体験だったりすると、人は感動する。
温かく認め合ったり、惚れ惚れしたり、目を見張るくらい驚いたり喜んだりすると、
人はリアルな魔法にかかるのだ。
大工さんの丁寧な手仕事も、バリスタの淹れた一杯のコーヒーも、ピザ職人が焼き上げた
極上のマルゲリータも、この世界に現れたリアルな魔法なのである。
よく目を凝らして見ると、身の回りにはそんなリアルな魔法がいっぱいある。
ただ、それがあまりにもちっちゃかったり、それを受け取る感度が弱まっているから見落としがち
なだけで、世間には、そんな愛おしくもちっちゃな魔法が、無限に散りばめられている!
ひとつ一つ、丁寧に、誠実に、謙虚さと感謝の気持ちをもって〝意識的に〟見つめていきたい。
すべてには意味があり、目には見えないような糸口から一つにつながっている。
合言葉は『ちっちゃい!』だ。
『ちっちゃい』+『!』からなるこの呪文には、『ちっちゃい』にプラスされた創意工夫や
ざまざまなアイデアから、ワクワクする感動が生まれることを意味している。
ただ物理的に「小さい」だけではない。
自分でも驚くくらい『ちっちゃい!』にこだわれば、世界にはリアルな魔法があふれ出す。
( 桑原あきら )
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